あさのちょっとたのしい人生

人生の休憩場所として使ってもらっても良し、新しい発見や挑戦のきっかけになれたら御の字。 自由に感じていただいて、皆さまの良き人生の手立てになれれば幸いです☺︎

今日のハチミツ、あしたの私

どうも。朝埜です☺︎

 

暦の上ではディセンバー…

ではなく(分かる人いるかな笑)、今年も上半期下半期とを二分する時期ということで、

6月は終わらせる月・7月は始める月

と勝手に意気込んでいた甲斐あって、今月は最初こそ上手くいかないことばかりで落ち込むを通り越して闇(病み)落ちしかけていましたが、それがあったことのおかげも含めて、新しい仕事や初めてのこと、やりたい・やろうで放置していたこと、実に様々なことに着手できている月になっています。

 

そんなスタートの月の読み始めには、あの本を読もう。

 

7月最初の本は、わたしのだいすきな本であり、バイブルというよりは御守りに近いかもしれない、こちらの本からスタートすると決めていました。

 

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実は本書を購入してから、事ある毎に本書を読み返しては己のInstagramやブログに毎度気持ちを書き綴っていたので、今回は書きたいことを書き終えた後にそれらも読み返して変化を楽しみたいと思います。(笑)

 

何度も読んでいるので物語の概要も進みももちろん分かっていますが、今回本書を読んで一番衝撃を受けたのが、ワタクシ朝埜自身が、アラサーの主人公碧(みどり)と同い年、それどころか本書の時系列でいえば、一学年ほど年上になっていたこと。笑

 

初めて本書を手に取ったとき、20代前半、まだギリ大学生だったので、

高校生の朝花(ともか)に「そんな年で彼氏と別れるなんて、終わってるよ。」と言われる碧の年齢でさえ、うまくいかない恋愛も人間関係もあって、

碧の年齢からでも新しいことも居場所も自分次第で見つけられるから碧より若い自分は”まだ”大丈夫とやや失礼な励まし方もしていなかったわけではなかったので、創作とはいえ、基準にしていた支え的価値観がひとつ終わったタイミングだったのかと衝撃を受けました。笑

 

もちろん本書がだいすきなわたしからしたら、生きてる限り日々変化していく環境で自分で居場所を作っていくことに年齢も関係なければ終わりもないことは心していますし、上の朝花のセリフ自体も本書の中で「恋愛は若者の特権じゃないの。」とあざみさんがちゃんと否定して教えてくれているので、真髄には影響のない話ですが、碧の不器用さと一見矛盾して見える性格がわたしのそれと似ていてシンパシーを感じる存在なだけあって、年齢が上であることで自分の未来の姿として希望を持つことはもう終わったんだなあとしみじみ感じました。

 

その代わり、本書で「もう・・歳だし」や「大人だから」という言葉をしきりに使う碧同様、当時抱えていた見えない未来に経験がなく知らない不安は、良い意味の諦めで飲み込めるし、もう大人で、もうすぐ碧より年上のわたしは、そこまでなくなりました。

だから、今度は碧に代わって朝埜が、我々のような不器用人種にとってより生きづらい社会でも、懸命に生きてればそれなりに楽しくツライ今の中にも小さな楽しいのカケラが無限に散らばっていることを示すための生き証人になればいいやと、そう思えるまでに変化できています。笑

 

そんな心の余裕からなのか、

記憶の中では本書を読むときは碧の「嬉しい」よりも「ツライ」に共鳴して涙し、「頑張り」や「努力」に着目して自分を鼓舞していた気がしますが、今回は碧が置かれた環境で楽しんでいたり、自分の”好き”に気が付けた姿に、思わず笑みがこぼれて自分事のように嬉しくなったり、気持ちが溢れて一緒にニヤリとしたシーンが多かったなと思いました。

 

だから余計に碧の彼氏の安西の幼稚さにもイライラしました。

わたしはひとりで生きていくことの覚悟を本書を手にしたあの時から少しずつ育めたんだと思えました。

たくさん傷ついて傷つけて知っていったあの時のわたしは、本書の最初の碧のように安西に依存し、一緒にいるために安西を傷つけないように自己犠牲の精神でひとりを怖がっていたけれど、今はもちろん大切な人とは一緒にいたいけれどそれ以上に他人に迎合してまで、依存的に誰かといるより自分でいられることの方が大切だと思えるようになったようです。

その価値観が良い悪いはもちろん人それぞれですが、少なくともわたしはそう変化できたことでずっと苦しかったことから解放された気がしています。

 

碧と同い年になったからこそ、感じる自分の変化や共感できる大人の貫禄を見つけつつ、やはり未だに好きなシーンは碧の親友真百合がぶちギレるシーン。笑

 

人間生きていればツライことはたくさんあるし、碧やわたしのようにツライの中に楽しいを見つけられるのは後天的な努力や訓練によるところはかなりあるとはいえ、それができるようにしてくれた周りの環境などもあります。

だからこそ真百合がいうように「傷つきやすいから」「弱いから」で守ってばかりいられるとその人はきっとひとりでは歩けない、生きていけなくなる。

「みんなツラいのは一緒」という言葉はキャパシティがそれぞれ違うのでナンセンスで大嫌いですが、それぞれ「みんなツライと感じることはある」のは確かなので、本当の意味で相手を想うなら、守るだけではなく時には残酷な現実を突きつけることも必要であると昔から変わらず思います。

変わったのは守られている安西を羨ましいと思わなくなったこと。

わたしは守られなかった、同じように弱いのに守ってもらえる人間はズルいと思っていたのが、わたしは守らないけどどんな時でも傍にいるし見捨てない存在になりたいと思えるようになったことでしょうか。

 

同じ好きなシーンでも、碧の言葉を借りるなら「もう碧と同い年の大人」なので、アラサーの貫禄が出てきたのでしょうか。笑

 

そんな変化を感じつつn回目の再読をした本書ですが、

クライマックスで安西と別れ、自分の人生を歩み始めた碧のもとに安西が頑なに見せてくれなかった碧を描いた画を渡して去るシーンがあります。

その直後に黒江さんが「重くないか?」と話しかけるのですが、一度も引っかかったことがなかったのに、今回初めて、読み進める視線が止まりました。

描写としては、配達に行くために持っているはちみつに対して、物理的な重さを心配して掛けたこの言葉。

でも読み方によっては、安西のこの行為、別れた彼女に自分がしたためていた彼女を描いた画を持ってきたことに関して読者に問うてるのではないかと、らしくもない深読みをしてしまいました。

二重の意味で、皆さんはどう思いますか?笑

 

さて、ここらで本記事もクライマックスを迎えたいので、先に宣言していた過去の自分の記録たちを読んできたいと思います。

 

(´-`).。oO

 

戻りました。笑

が、先に書いていた変化を確かめられただけでしたので、特に何を書くのも控えておきます。

もうだいぶ長いし。笑

 

今月始めた新しい仕事は、仲良しの先輩の軽いひと言から軽い気持ちと酔ったノリで応募したところからでした。

今月初めに最悪な気持ちになった出来事のひとつがきっかけとなり、以前一時的に無職になって困ったときに声をかけてくれた方にダメ元でお願いをしたところ、快くわたしの相談を受け入れてくださり、理想の形をひとつ体現させてくれました。

他にも細々とした着手できたことや新しく手に入れた居場所への道のりの中に、確実にまわりの素敵な人たちのアシストとタイミングなどの巡りあわせ、星回りともいうのでしょうか、そういった運的要素も大いにあると思います。

本書に出逢えて、自分の中の節目で読んでいることもきっと。

その中でもわたしはわたしが選んで、そこで終わらせない、そんな人生をこれからも歩んでいきたいし、先に書いたように碧に代わってアラサーを超え、アラフォー・アラフィフ、それ以上になっても示し続ける生き証人でいようと思います(*_ _)✧˖°

 

ちなみに、本書に出てくる『あさのはちみつ』とわたしの雅号(言い方カッコいいw、ペンネームですね。笑)の『朝埜 香』。

由来の一部がかなり似ています。笑

 

いるかいないかわたしのコアなファンの皆さん。笑

純粋に本書を楽しむとともに朝埜 香のだいすきな本としても是非、読んでみてください( •ε- )♡

 

気づいたら4時間近く書いてました。笑

 

ここまで読んでくれた心優しいか忍耐強いか変わり者か、はたまた探求心の堪えぬ皆さん、どうもありがとうございます。

 

とんでもなく暑い日々に夏バテしそうになったとき

ツラくて心がしんどくなったとき

蜂蜜をひと匙足せば、たぶんあなたの明日は今日より良くなる。

 

ではまた。